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日記


2017年 2月 10日(金)
原理

模倣ではなく、原理からの設計を。
詭弁ではなく、原理に則した論理を。

それでは、原理とは、何かということが重要になる。
原理とは、宇宙、社会を形造る法則、メカニズムのこと。私たちは、まだその全容を手にしているわけではないが、高校生までの間に、理科、歴史や社会、国語や英語といった語学の文法、そして数学として、既に十分な基礎知識を学んでいる。

模倣を超えて、良く生みだす力。
そのためには、原理を理解しようとうる気持ちが必要。

今まで、考えもしなかったけど、悪しく生みだす人たちが跋扈しているので、あえて、「良く」を追加。
(2017-02-10 Twitterへの投稿)



2015年 1月 6日(火)
経済政策の幻想

本日、意外に多くのリツイートいただいたのは、下記の二つ(特に、一つ目)。

政府が、景気をよくしたり、雇用を創出するというのは、単なる幻想にしかすぎない。
政府の行動には、超短期のカンフル剤以上の価値はなく、中長期では、明らかなマイナスとなる。

政府は、余計なことをしない。それが、最も効率の良い経済政策である。

(2014-01-06 Twitterへの投稿)



2015年 1月 6日(火)
人類の歴史を自律分散型と統制型システムで考えてみると

社会は自律分散システムであるが、それを統制しようという試みは、太古よりあらゆる地域で試みられ、つかの間の成功の後、崩壊する。それが、人類の歴史である。

一人の人が多少間違えても、大事に至らないのは、自律分散システムのおかげ。そのシステムのおかげで、大事に至っていないのに、統制型システムを目指す、間違い大き人々。彼らは、統制型を手に入れた瞬間に、惨事を引き起こす。

(2014-01-04 Twitterへの投稿)


2015年 1月 6日(火)
新年、あけまして、おめでとうございます。

本年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。


2013年 6月 3日(月)
確率事象の閾値

確率事象に閾値を求めるのは、科学的に困難である。本来、確率事象に閾値は存在しない。実務的に言えば、危険性の懸念があれば避ければ良い。あえてグレーゾーンに踏み入れる理由はない。

(2013-06-03 Twitterへの投稿)


2013年 5月 9日(木)
論理思考(ロジカルシンキング)だけでは不十分

ロジカルに考えるという、ロジカルシンキングを身につけることは、問題解決に役立つ。そのため、ネットや雑誌で、ロジカルシンキングについて書かれている記事は多い。しかしながら、世間に一般的にあふれているロジカルシンキングの理論だけでは不十分で、過信は禁物である。

一般的なロジカルシンキングの説明では、論理(因果)関係の妥当性についての考えがが強調されている。それは、第一歩として、非常に正しいのだが、それだけでは、私たちの住む世界はそれだけではモデル化できない。ロジカルシンキングを本当に使えるものに拡張するためには、少なくとも次の2つの配慮が必要である。

@ システムの外部(環境)からの要因を加える必要がある。
A 時系列に動かした時に、そのシステムが安定するかどうかを吟味する。

この二つを入れて考慮しなければ、いくら因果関係が妥当に思えても、社会の中でうまく実装することはできない。
 (※なお、これらを考慮した、似た概念として、システム思考という言葉もある。)

(2013-05-09, Last Update 2013-05-09)


2012年 9月 1日(土)
オーガニゼーショナル・エラー

大事故が発生すると第三者による事故調査が行われる。 その場合、大きく3つの視点から分析するのが良いと考えている。

1. 技術的エラー (設計時のエラーはここに含める)
2. 人的エラー(ヒューマンエラー)
3. 組織的エラー

である。この中で、3番の組織的エラーが忘れられがちである。昨年発生した原子力発電所の事故においては、原子力村という閉鎖されたコミュニティーの圧力が構成員に影響を及ぼし、設計上の不具合を温存させてしまう。

(2012-09-01, Last Update 2012-09-01)


2012年7月27日(金)
マズローの欲求5段階説とその奥

マスローの欲求5段階説は、よく出来ている。完成しているかのようにも思えるが、「多層自律分散システム」と「存在するとは」を考え、なぜなぜ問答をすると、細胞が喜ぶこと、もしくは、DNA、有機物の存続にたどり着くように思える。

※喉がからからに渇いている時、水を飲むと体中の細胞が喜んでいるように思える。

(2012-07-27, Last Update 2012-07-27)


2012年7月27日(金)
存在するとは、どういうことか?

存在するということを、物理学的、化学的に考える。進化生物学的に考える。群、組織の存在について考える。「多層自律分散システム」(複雑系)と「存在する」ということを合わせて考えると、人間というものがより良く見えてくる。

(2012-07-27, Last Update 2012-07-27)


2012年7月12日
物理学から経済学、社会学まで

Twitterで重要なコメントを見た。「物理学の人は社会の複雑性が理解できていない。」という主旨のメッセージ。まあ、人によりけりなので一概には言えないが、言いたいことはよくわかる。一方、経済学や社会学の人は、複雑性を理解しているかというと、これまたあやしくなる。 複雑な現象をマクロでとらえるか、ミクロでとらえるかということになる。 これら、マクロとミクロ、物理学と社会学を結び付けるのが、多層自律分散システムの考え方だと思う。

(2012-07-12, Last Update 2012-07-12)


2012年7月05日
経済は多層な自律分散システム 日本経済はまだ正常と言える。

社会は、個人からなり、家族があり、会社などの組織があり、業界があり、国家があり、国際がある。これらをお金の面から見るのが経済である。(あくまでもお金の面だけであるので、生きがいや幸せは扱えない。)
ところで、現在に至るまで、経済の専門家、政治家、マスコミ、市民に至るまで、多くの人の間で経済政策に関する議論がなされている。A案がいいとか、B案がいいとか。しかし、ちょっと立ち止まって考えてほしい。その経済政策は本当に有効なのだろうか? 私は、主張される経済政策の大半は、「永久機関を発明した」という類の議論に見えてならない。(注:永久機関は存在しないもの。)なぜそのように見えるかというと、経済は、自律分散システムであると考えているからである。自律分散システムとは、自律的に知能のあるノード(人やコンピュータ)がそれぞれ他のノードと情報をやりとりしながら、自分で判断するシステム(組織や体系)である。経済は、個人や会社がそれぞれノードとなり、主体的に判断し、全体としての経済システムを構成している。このような自律分散システムは、ある一定の安定性がある。例えば、あるノードが不具合を起こしても、他のノードが自律的にその不具合を補って動くことができる。すなわち、あるノードの変動をシステム全体で吸収する仕組みとなっている。
話を日本経済に戻すと、経済システムが自律分散システムであるということは、日銀がいかなる政策、すなわち変動を起こしても、周囲の多数のノードが自律的に動くことにより、システム全体として、その変動を吸収してしまうのである。今、日銀の政策が効いていないという議論があるが、それは、自律分散システムとして、正常であることを意味していいる。そして、今までもほとんど効いていなかったであろうと思う。そして、もしこの自律分散システムがコントロールを失う状況まで追い込まれれば、ハイパーインフレ(発散)として分解に向かう。

(2012-07-05, Last Update 2012-07-05)


2012年5月20日
中学校、高校での統計教育

修士課程で、学生さんの統計を用いた研究発表を聞いていると、たまに「あれ?」と思う事がある。データ解析に不確実性の概念を持ち込んでいるのに、なぜか結果が確定的表現になっていたりする。そのような場合、学生さんは、統計の技法やツールの基本を考えずに、ブラックボックス的に扱っていることが多い。

さて、中学校や高校で、問題解決を教える授業を増やそうという動きがあり、その一つとして統計教育が再び注目を集めている。そのような背景や統計の基本的考え方についての、良いインタビュー記事があったので紹介したい。突撃インタビュー 「渡辺美智子先生に聞く」である。統計を学びたい人の最初の参考にしていただければと思う。

なお、この中に特性要因図が出てくるのだが、私は、特性要因図の代わりに、E-R(Entity-Relationship) 図を教える方が、現実社会に適しているのではないかと考えている。

(2012-05-20, Last Update 2012-05-20)


2012年4月4日
イェッター氏に期待、日本アイ・ビー・エム 
(今回の文章は、客観的事実ではなく、私の脳内妄想の視点で記述しています。)

まずはじめに誤解を招かないために述べておきたい。私は社長を外部から起用する人事は好きではない。ましてや黒船を期待し、外国人起用するような姑息な考え方は嫌いである。そういう意味で、日本アイ・ビー・エムが自社社員の中で適材を育成できなかったことは会社としての重大過失だと思う。(ちなみに国籍や人種による区別はしないので、多くの日本人と同じく社内で育ってきた外国籍の社員はここでいう外国人の起用にはあたらない。)なお、私の想像では、イェッター氏は黒船ではない。本来の日本アイ・ビー・エムの文化に近い人材だ。


2日ほど前、新聞の小さな記事によってイェッター氏の次期社長の話を知った。そこに掲載されている顔写真を見て直感的に期待できると思った。表情がいい。これが第一印象だった。さらに、彼は技術上がりに違いない、そう感じた。
日本アイ・ビー・エムは、一時は2兆円近くの売り上げがあったが、現在は1兆円を割り込むところまで来ている。それにはさまざまな要因があるが、その一つは90年代の米国流経営学の導入であると思っている。株主至上主義による短期目標、高利益の追求。無意味なところまで数値化する管理。必要以上のコストカット。これらはいずれも会社をだめにする。特に技術がコアコンピテンシーの企業にとっては致命的な欠陥である。
IBM(米国)はその昔、終身雇用をかかげる日本人が描く理想の日本企業に似ていた。顧客と社員を大切にする企業であった。それが高コスト体質になり(私の記憶では)1990年頃にはリストラが始まり、グローバルの中で最適化を模索する。やがてその波は日本アイ・ビー・エムにも訪れ、日本から技術資源が切り取られ新興国に投資されていく。IBM全体としては成長を維持していたが、日本アイ・ビー・エムでは縮小を余儀なくされることとなった。
会社の価値は時価総額ではない。売上高や利益でもない。それらはあくまでも結果系の代替変数でしかない。会社の価値はその社員であり、社員が持つ技術力とフィロソフィーである。それが顧客にサービスを提供する。そして顧客の満足が結果としての売り上げや利益につながる。あたりまえのことだが、これらは1990年代の米国流の経営学を学んだだけでは理解できない。
イェッター氏はこの重要なことを理解していると想像している。最初は新聞に載った表情からの類推ではあるが、日本アイ・ビー・エムが提供する略歴を確認するとその想像は確信に近づいた。最後に、私がそのように考える略歴の項目を記載しておきたい。

【イェッター氏の略歴】(日本アイ・ビー・エム、プレスリリースより抜粋 カッコ内は私の注釈 )
・ドイツのシュトゥットガルト大学で、工学部の学士課程と、機械工学の修士課程を卒業しています。
・1986年にアプリケーション・エンジニアとしてIBMのインダストリアル事業部門に入社しました。  
  (お客様に接していた技術者であることが分かります。)
・IBMの北東ヨーロッパ地域のグローバル・ビジネス・サービス事業の責任者として
  (技術者として入り、お客様のシステム開発に携わり、その分野で出世してきたことが分かります。)

(2012-04-04, Last Update 2012-04-04)


2012年3月4日
利権についての考察
右を向いても利権、左を向いても利権。 ふぅ〜、疲れる。
この国を良くするには、「利権思考」を変えるしかないと思います。

利権に毒されているのは、日本だけでなく、古くから世界中に存在します。
企業や個人が利得を求めることは、それが社会システム全体の利益につながるようにバランスがとれている前提において、自然で適切な状態だと思います。

そかし、その利得の求め方が時間軸上に定着する(毎年の「権利」になってしまう)ことが問題です。それは、やがて社会の変化に追い付けなくなり、非効率な状態を温存してしまうことになり、システムへの不具合を発生させていきます。

(2012-03-04, Last Update 2012-03-04)


2012年1月3日
歪みを直して、○○の健康を取り戻そう。
新年、あけまして、おめでとうございます。

今年のテーマは、「歪みを直して、健康を取り戻そう。」です。
体の健康、地球環境、経済、これらはシステムは全て、歪みが大きくなると不健康になります。薬による是正も一定の効果が期待できますが、副作用の問題もあります。長期の是正対策を考えると、やはり、システムの歪みを直しす(治す)ことが不可欠です。

私自身は、まず、夜型になった生活リズムの歪みを直すよう、がんばりたいと思います。

(2012-01-03, Last Update 2012-01-03)


2012年1月1日(元日)
とりあえず事実の再確認 (東京での降下量)
Twitter上で、いまだに誤解が広がっているという指摘があるので、備忘録用に、東京のセシウム降下量へのリンク

(2012-01-01, Last Update 2012-01-01)


2011年12月25日(日)
専門家のリスクは過小評価
Twitter上では、物理の専門家のコメントが、実際よりも安全に偏っているのではないかとの指摘が、時々議論になる。このような現象には、物理の専門家に限らず、いずれの分野の専門家にも起こりえる構造的な理由がある。それは、自分自身の専門以外のリスクについては、適切な判断ができず、見積りが甘くなってしまうことによる。
原子力災害の場合、考慮しなければならないリスクは、物理、化学、生物からはじまり、医学、工学、社会、政治、防災と、あらゆる分野にまたがる。そのため、ある分野の専門家が認識するリスクは、常に全体の一部であり、たえず過小評価になってしまう。このことを十分に考慮したうえで、実際の政策を議論しなくてはならない。

(2011-12-25, Last Update 2011-12-25)


2011年12月10日(土)
安全宣言後の暫定基準値超え
暫定基準値超えのお米が続々と見つかっている。政府の検査計画に従い実施された予備検査、本検査、そして知事による安全宣言後の出来ごとである。一部は、市場にも流れていることも考えられる。サンプリングの方法や検査に臨む姿勢から、このような事態になる危険性は、おおくの人から指摘されていた。首長をはじめ、行政の方には、品質管理の基礎を身につけ、適切なプロセスで事態に挑んでいただきたい。

(2011-12-06, Last Update 2011-12-25)


2011年12月06日(月)
不良品を探し出すという決意とシステム
3月の事故以来、言い続けていることであるが、政治家や行政に携わる人には、きちっと品質管理の知識を身につけ、正しい表現で発表してほしい。 牛肉の問題や、お米の問題を見ても、現在の検査体制が不十分であることは自明である。これは、検査機器の問題だけでなく、人の問題も含まれている。検査を行う場合、客観的に真摯に取り組める場合もあれば、圧力があり、数字を出さないように手心を加える場合もある。このようなことは、企業における検査でもあり得ることで、特別なことではない。ただ、ダブルチェックを行ったり、社員教育で、正しい検査のありかたをしっかりと教えている。

ところが、現在の農業行政の現場では、そのような取り組みもシステムも不十分である。この現状を真摯に受け止め、政治家や行政に携わる人は、今の実力を正しく認識し、正しい表現で国民に報告しなければならない。間違っても、「市場に出ているものは、検査されているので安全だ。」とか「安全宣言」語れる状況にはない。

本当にやらなけれないけないのは、不良品を市場に出さないぞという決意をトップが決意し、徹底的に不良品を探し出せと指示を出すことである。(今はその逆で、数字を出すなと無言の圧力をかけている。) そして、それを実現するための、真の品質管理システムを構築することである。そのシステムなしに、安全・安心はあり得ない。

(2011-12-06, Last Update 2011-12-06)


2011年11月23日(水)
私が考える、お金の原則
1.お金は、実体のないもので、価値(ものや労働)の交換に用いられる概念(まぼろし)。ネコには通用しない。
2.金額はある時点における価値の相対値であって、絶対値ではない。
3.時系列に金額を比較する場合は、注意を要する。
    ※絶対値として比較したら間違う。
    ※時系列変動に金利や物価変動を用いても、なにをやっても誤差が残る。

あたりでしょうか。
ある一時点で考えると、お金は、相対価値として非常に分かりやすい(原則2)のですが、
これを、時間を超えて、用いる場合は、非常な困難が待ち受けています。
 (静的なE-R図やクラス図を、動的に理解するときのややこしさかな。)

4.この時系列変動を、経済システムとしては、金利、物価変動、為替変動 で調整しています。
    ※ただし、金利に発散級数を当てはめているのはとても重大なエラーだと思います。

(2011-11-23, Last Update 2011-11-23)


2011年11月17日(木)
蜂と人間の違い
宇宙人が、1匹の蜂をつかまえて、それが女王蜂か働き蜂かを区別することは可能である。しかし、1人の人間をつかまえて、それが社長や総理大臣であるかを判別することはできない。もし判別しようとするなら、つかまえた個体をもとに戻し、集団の行動を観察しなければならない。

(2011-11-17, Last Update 2011-11-17)


2011年10月20日(木)
金利が発散関数である問題。
社会をシステムと考えてモデルを作成した場合、ある問題点に気づく。

それはある不自然な関数の存在である。
要素と要素の関係、もしくは要素の時間軸に対する変化は、通常、物理的制約があり必然的に収束に向かう。しかし概念である金利は、複利計算であり、物理的な制約を受けず発散関数になっている。そのためとめどなく膨れ上がる。この発散を止めるためには、デフォールトするしかない。

このことは、資本主義社会でデフォールトによる調整が、たびたび発生すること、また、一つの要素だけが発散関数になていることにより、時間が経つと要素間の負荷が増大することにも一致する。

(2011-10-17, Last Update 2011-10-20)


2011年8月2日(火)
放射性物質の食品健康影響評価に関するパブコメの募集が出ていますね。
内閣府食品安全委員会から、放射性物質の食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集が出ています。


2011年7月04日(月)
出来ない理由を探してしまう。
 20代の頃、たまに、「出来ない」と言って上司を困らせた。その時上司は、「できるための方法を考えるのが仕事だ」と語ってくれた。第一原発の事故の後、「避難はできない」「新しい仕事はできない」「生活を変えられない」という意見に接する。確かに難しいであろう。勇気もいるし、お金もいる。そういう意見を見ていると、出来ない理由を探し、現状のまま何もしなくても安心できる情報を探しているようにもみえる。しかし、少し待ってほしい。この事態に直面し、私たちは、次の世代である子供たちのために、少しでも良い状況を残したいと思う。それは、出来ない理由を探し、現状に安心することではなく、少しでも出来ることを考え、より良い方向へ変化させることであると思う。


2011年6月28日(火)
PM(プロジェクト・マネジャー) の育成について
 結論からいうと、私は、育成できる部分とできない部分があるように思う。例えば、スキルについては、育成する余地が多い。しかし、素質面の育成には、相当な時間がかかるし、企業に入って生きた時点で、すでに手遅れである。素質のある人は、どのような環境下であっても育っていくであろうし、育たない人は、どんなに手をかけても効果はでないであろう。
 これは、生物学的にみても、人により、そのような違いがある。PMとして、素質的に育たないであろう人に、その道を勧めることは、かえってその人を不幸にしてしまう可能性がある。そのような人には、その人に適切な場所があり、その場所につくことが幸せにつながると思う。
 それでは、素質を伸ばすことは、全くの無理であろうか? 青年期にかけてまでは、育成のタイミングが登場する可能性が高い。そういう人材は、自然と何かにチャレンジし、小さなパーソナルプロジェクトを経験している。


2010年5月25日(火) Midnight
人間の本質を探る
人間や人間社会を理解することは難しい。個性があるし、複雑な要素がつみ重なっている。科学技術はこの複雑なものを一旦無視することによって、確度の高い理論を構築してきた側面がある。このアプローチは、成功を収めてきた。その結果として、人間や社会のもつあいまい性をいかにシステム設計に組み込んでいくかが、重要な問題になってきている。
当然、今までも心理学や社会学、経済学、経営学をはじめ、人間が起こす失敗原因の研究など、成果を出してきた。しかし、これからは、さらに一歩進んだ、本質的な理解を組み込んでいくことが重要である。
本質的な理解をすすめるには、従来の人間や社会の今起こっている現象を観察することが重要であるとともに、物理学、化学、生物学・・・と、要素とシステムの運動/行動原理を探るところからの理解が必要となる。この双方からのアプローチが不整合なく結合するところに、理解できる人間の本質が表出してくるのだと思う。


2010年5月25日(火)
真理の探求
この宇宙の、そして人間社会の真理は、どこにあるのか、それを考えています。真理、あるいは、法則と言った方がよいかもしれません。
重力をはじめとする物理的法則を知ることにより、私たちは、宇宙に対する理解を深め発展してきました。しかし、それですべtの事柄が分かっているのでは、当然ありません。むしろ、まだまだ知らないことの方が多いでしょう。また、人間の心は、物理的法則では理解できないと考える人がいるかもしれません。
私は、人間の思考や人間社会を理解するためには、物理的法則からはじまり、化学、生物学、生理学をはじめとする学問領域を横断的に見ていくことが重要だと思います。それらの中には、一つの筋があるように思えます。その筋とは、システムとしてのふるまいです。
ある1個の要素とある1個の要素の関係という、1対1対応から理解できる法則。これが、いままで大きくクローズアップされてきました。これが、多対多のシステムとしての関係になった場合、1対1の関係だけでは直感的には、理解しにくいふるまいが出てきます。また、現実の私たちの世界は、静的ではなく、時間軸にそって、動的に変化しています。 これらのことから生じるシステムとしてのふるまいの法則に着目する必要があると思うのです。この動的システムとしての法則が理解できれば、人間の社会行動の原則のかなりの部分が、今以上に理解できるようになると思うのです。
そして、当然ながら、理解できれば、よい設計ができることにつながります。


2010年5月22日(土) Midnight (24:30)
ゆらぎ
分散の一点一点をランダムに並べると、時系列のランダムな微細運動になる。これは、心電図のランダムな微細な運動や、株価、為替の微細な運動に似ているかもしれない。
また、素粒子論の不確定性原理につながるようにも思える。このランダムな振動は、要素と関係の多対多のシステムの時系列の動きの結果として現れるのかもしれない。もし、そうだとするならば、微細なランダム性の振動を予測することは、そもそも論として難しく、ある管理限界の中で当然のものとして扱うのが良い。
また、リスクの源泉も、このランダム性にある。生物の進化にも関係があるし、生物にとっても重要であり、人間が心地良いと思う背景にもランダム性がみてとれる、
システムそして、そこから生じる時系列の微細ランダム運動は、多くの学問分野に登場し、また、人間の本質の理解にも重要な役割を果たしている。


2010年5月22日(土)
絶対値と相対値
新聞やテレビを見ると、疑問に思える意見や論調が少なくない。
特に、経済に関する話題に問題が多い。問題点は、どこだろうか。貨幣のとらえ方だろうか?
貨幣は、多様な価値の中の一つの指標であり、相対的な概念であり、時間軸に対して、変化している。時間軸を超えて、絶対値による比較は、気をつけないといけないはずだが、あまりにも無頓着な論調が多い。
私たちは、日々、技術革新にいそしんでいる。そのため、時間軸に対して、経済的にはデフレ的圧力がかかるのは、あたりまえである。それにもかかわらず、貨幣の絶対値をとらえて、デフレがいいとかわるいとか議論しても全く意味がない。
バブル以降の失われた10年。この見出しも要注意である。その10年、GNPや給与など、金銭的絶対値は、大きくなっていなくても、その金額で得られる価値は、非常に増大しているのである。今や、1Tバイトのハードディスクが7千円代であり、インターネットを通じて、安価に世界中の知識にアクセスできる。技術革新がもたらした成果である。同じものを10年前に手に入れようとおもったら、どれだけのお金が必要だったのであろうか。この10年、私たちは確実に豊かになっている。


2010年4月24日(土)
このホームページの作成を開始しました。